【訃報】高橋国光さんがお亡くなりになりました

記事内に広告が含まれています。

高橋国光さんがお亡くなりになったというニュースが飛び込んできました。

心よりご冥福をお祈りします。

日本のモータースポーツ界にとって、欠かすことができない方だったので、すごく残念です。

国光さんが現役のころを知っている方は、50歳以上の方なんじゃないでしょうか。

若いモータースポーツファン方は、監督としての国光さんしか知らないかもしれません。

2輪と4輪の両方で活躍された、超レジェンドが国光さんです。

スポンサーリンク

高橋国光さんには鈴鹿でお会いした

高橋国光さんには1度だけですがお会いすることができました。

鈴鹿でF-1が開催されていた時に、鈴鹿の駐車場にいらっしゃったのを見つけてほんの少しだけお話をさせていただいたのが最初で最後です。

当時、日本ではレーシングドライバーに出会うなんてことは、サーキットに行けばよくある時代です。

ドライバーはタレントでもスターでもないですから、普通に我々と同じようにサーキット内を歩いてるんですね。

でも、国光さんのような多忙な方はなかなかお会いすることもできませんでした。

F-1開催日にF-1ドライバーのサインをもらおうと、サーキット内にいた時です。

多分、ゲルハルト・ベルガーを見つけた時だと思います。

ベルガーは鈴鹿の町に消えていきましたが、その時に駐車場で車に乗ろうとしている国光さんを発見。

お一人でいらしたところだったのでサインをもらおうと声をかけさせていただきました。

「国さ~~~ん」と。

初めてお会いする年上の方に「国さん」はないですよねww

20代前半の若造に「国さん」と呼ばれても、笑顔で「おっ!どした?」みたいな気さくな対応で普通に話してくれました。

もうね、はじめた会った人じゃなくて、隣に住んでるおじさんみたいな感じでしたね。

「F-1ドライバー探してるんですよ」

みたいなこと言うと

「亜久里くんもサーキット内にいるはずだよ」って教えてくれたり「会えるといいね」って。

で、国光さんに「サインしてください」って言ったんですけど、私はF-1のパンフレットしかなかったので、さすがに国光さんのサインをそこに書いてもらうのは忍びなかったのでトレーナーに書いてもらいました。

真っ白いトレーナーの胸のあたりにサインをしてもらって、握手をしてもらってまたドライバー探しに行きました。

本当にやさしい方だったですね。

サインしてもらったトレーナーが・・・

実は、鈴鹿でサインしてもらったトレーナーは、洗濯したらサインまできれいになってしまいました。

1日着てたトレーナーだから、洗いますよね。

洗ってから保管するつもりで洗濯機に・・・。

油性マジックで書いてもらったトレーナーだから、洗濯しても消えないと思ってたんですが、きれいに消えてなくなりました。

なんちゅうことをしてしまったんだと、愕然としました。

まさか油性マジックが跡形もなく消えるとは、思ってもみなかったですから。

薄くなるくらいは覚悟していたんですが、1日着たトレーナーを洗わずに保管とか無理でしょ。

普通洗うでしょ。

で、洗ったら消えたと・・・。

まぁ「国さんと会った思い出は消えないし」また会えるかな?と。

その後レーシングチームの監督に

私がレーシングドライバーとしての国光さんを知っているのは、現役レーサーとしては後半のころですね。

星野和義さんとか、中島悟さんが現役でバリバリ勝っていた時代です。

体力的にフォーミュラで勝つことは難しかったですが、ツーリングカーや耐久ではまだまだ勝てるドライバーでした。

引退した後は「チーム国光」の総監督になって、若手の育成とモータースポーツ界を盛り上げようと活躍していらっしゃいました。

私も、モータースポーツをやめてから興味がなくなってしまったので、その後はあまり詳しく知りません。

亡くなったとニュースで見て、82歳という年齢は「もうそんな年になるのか」と月日が経つのが恨めしく思いましたね。

鈴鹿の駐車場であった国さん思い出の中ではまだ若いのに。

私の知っている国さんは82歳じゃないし。

心からのご冥福をお祈りします

モータースポーツ界にとって、今までもこれからもなくてはならない存在だった国光さんのご冥福を心からお祈りします。

書いてもらったサインは消えてしまいましたが、思い出として心に残っています。

いままで、本当にお疲れさまでした。

また、あの時代のようにモータースポーツに活気が戻ってくれるといいですね。

コメント